探究学習と大学での学び
October 28, 2026
高校の先生方が「大学受験が一番大事」「いろいろ我慢しても、大学にとにかく入れ」「大学に入ったら好きなことをして」と言うことが駄目だという話を実証的に示すために、この調査〔「10年トランジション調査」〕を始めたわけです。たくさん我慢して大学生になっても、それまでにしてこなかったことは大学生になってもできない。大学でいろいろと育てようと思っても、学生自身にその意欲がないのです。そういうマインドセットは、高校までにしっかりと出来上がっていて、キャリア意識も大きいです。自分が成長しようと端から思っていない(溝上 (2023, p. 38))。
学会発表,論文執筆,論文投稿,コンテスト入賞など,推薦入試で求められる探究学習の内容は,学習指導要領の内容を遥かに超える(高橋 (2020, p. 42))。
先端的な科学研究,学会発表や論文執筆は,本来大学教育で行う内容ではないかという疑問も残る。「探究」ではなく「研究」が行われるようになり,それを“獲得ポイント”として,大学に進学するという道筋は,自己の方向性を見つめ,社会との関わりを見出す発達段階にある高校生にとって果たして適切な教育なのだろうか(高橋 (2020, p. 42))。
多忙な中で,対応しきれないと「総合的な学習の時間」のように形式的な対応を取ったり,探究学習を“外注”したりする場合には,高校生の教育活動としての探究学習は後退していくであろう(高橋 (2020, p. 42))。1
こうした議論〔ワーキング〕に参加しながら、「成果物ができたか」「発表がうまくいったか」だけでは測れない学びを、言葉にしようとしていることを感じています。とりわけ、学びの成果を成果物の完成度そのものではなく、問いを通して意味や価値に向かっていく学習のプロセスとして整理し直そうとする姿勢は、現場で感じられてきた違和感と深くつながっています。また、問いが変わること、仮説が外れることは、失敗ではなく学びの途中なのだというメッセージが、制度の言葉として表れ始めているようにも感じました( 酒井 (2026, p. 143))。