#11 行政と政官関係(2):政官関係
February 5, 2026
記事のような形式で議事をまとめる活動に取り組んだことが印象的だったから。議論の内容の中には理解が難しいものがあった。記者はこのような議論の中から、自社の立場も適度に踏まえながら一部を抽出し、まとめなければならならず、難しい作業であることを痛感した。さらに、マスメディアとしての立場や世論も考慮しないといけないため、複雑な作業だと感じた。記事などを参照する際は、比較してみたいと感じた(今井さん)。
国会での文科省大臣と国会議員の質疑を視聴して内容をまとめたが、一見議論が進展しているように見えても内容をメモしながら視聴していくと、具体的な内容についての発言をしていなかったり質問への直接的な回答を避けていたりと課題解決に向けての議論ができていない場面もあると感じた。議論がヒートアップしすぎても解決することはできず、また互いの意見を聞き合うだけでも課題を解決することはできないと思うので質の高い議論を行ってほしいと感じた(梅田さん)。
これらの用語自体は以前から知っていたが、キャリア官僚の方が地位が高いという漠然とした印象しか持っていなかった。しかし授業を通じて、キャリア官僚は少数のジェネラリストとして政策全体を担い、ノンキャリア官僚は専門性を生かして行政を支える役割を期待されていることが理解できた。両者はいずれも行政に不可欠な存在であり、そこに優劣のイメージが伴うことには問題があるのではないかと感じた(角田さん)。
これまで私は社会の状況を把握するときに、今回の委員会の議題にあったような不登校児童者数やその増加率といった数値が重要だと考えていたが、数値だけでは判断できないことがあるということを聞いて印象に残ったから。不登校の解決を考えると政治では子どもたちの学校復帰に注力しがちであるが、いじめや各々の家庭環境など数値では表すことが難しい背景があるため、数値で表すことを自己目的化せずに、根本的に事象を捉えた政策を進めることが大切だと思った(前田さん)。
日本の人口1000人当たりの公務員数が他国と比べてかなり少ないことを初めて知ったのだが、ただでさえ人員が少なく、行政を運営する余力が少ないにもかかわらず、人事ローテーションや、遅い昇進システムなど難しい制度があって、このようなシステムの存在意義がよくわからなかったから。また、なぜこんなに人数が少ないのか疑問に思ったから(引地さん)。
委員会では、菊田議員や石井議員が不登校問題や教育現場でのAIの活用に関しての対策や課題の説明を求めた。これに対し、松本大臣は実例を踏まえ効果を示したものの、具体的な展望についての言及は見られなかった。人材不足や財源的な問題を原因としてあげることで、今後の教育方針の核心に触れる回答を避け、議論は現在の政策の評価に留まった印象である。
委員会では、松本文科省が菊田議員や石井議員からの学びの現状や、世界遺産登録に関する具体的かつ根本的な対策を講じるように求めた。 これに対し、松本文科省は課題の現状認識や決意を述べるに留まり、議員が示す課題に対応する具体的な対策に踏み込まなかった。両者のやり取りから、共通の問題であることが明確になったものの、政府としての今後の具体案は示されず、課題の核心に迫る展望が示されたとは言い難い。
委員会では、不登校問題や教育現場でのAIの使用に関して質疑が行われた。文科大臣は現状の課題に憂慮すべきとし、現状で取り組んでいる対策は示しつつも課題に対しては既存の制度の見直しには否定的な姿勢を示した。両者のやり取りから、同じ課題意識は共有されたが、委員は3年後の支援体制など将来的な政策に対して答弁の曖昧さを指摘せず、議論を前進させられなかった。
それまで政務次官の仕事は国会対策と各種イベントや大会での大臣の代理が主な任務だったが、副大臣制では国会答弁が中心になる。そのため政策の企画・立案、政省令起案や重要政策の決定のすべてに携わることになった」。「その結果、省益に阻まれ解決できずに置かれていた省庁を横断する政策テーマが、われわれ政務次官の協力によって解決可能となった。例えば、平成13年度に創設されることになっている「再建途上の企業融資を支援する事業再生融資制度(DIPファイナンス)」は、七条大蔵政務次官と私のしっかりとした連携の成果である(副大臣制度を通じて真の政治主導の確立を)。
内閣が国会に予算・法案等を提出するにあたり、閣議決定前に自民党が審査する手続きである。法的な根拠はもちろん自民党党則に明記されたものでもないが、自民党の了承がない限り閣議決定できない慣習が成立している(奥 et al. (2015))
(大島理森元衆院議長)「事前審査制には確かに批判もある。私は(1999年成立の)国会審議活性化法の作成に携わった際、当時の森喜朗幹事長らに事前審査制の廃止を一つの案として提言した。与野党が対等に議論をスタートすれば、審議が活性化するのではとの思いだった。(原文改行)そもそもの問題意識は、政治家の発言、政党の責任を明確化すべきだということ。官僚に頼りすぎず議員同士の議論をできるだけ多くすることが審議の活性化につながる。その一つの方策として事前審査制の廃止を考えた。(原文改行)そうしたら、森〔森喜朗元首相〕さんは「それは無理だよ」と。廃止したら、政府・与党内の調整、政策の一体化が難しくなる。何でもかんでも国会に(法案を)ぽーんと出して議論しろと言っても、合意形成は容易ではない」(朝日新聞「それは無理」大物政治家が止めた国会改革 大島元議長が振り返る、2025年1月27日)
過去の「野党合同ヒアリング」では、政府や閣僚の不祥事追及に興奮した出席議員が「なんで資料を持ってきていないんだ」「黒幕は誰だ」などと声を荒らげる場面が目立った。官僚は立場上、国会議員に反論しづらい。このため、他党から「弱い者いじめだ」などと批判され、日本維新の会や国民民主党は距離を取っている。」(読売新聞「「官僚いじめ」批判の立民、言葉遣いにピリピリ…「追及の場でない」とヒアリング出席議員にクギ」、2022年9月19日)。
(平嶋彰英)ふるさと納税は総務相を務めた菅さんの肝いりで、08年に創設されました。その後の14年、官房長官となった菅さんから、自治体に寄付する上限額の倍増などを指示されました。ただ、自治体から寄付者への返礼品が高額化し、競争が過熱する懸念があった。私は総務省通知と法律で一定の歯止めをかける提案をしましたが、菅さんは『通知のみでいい』とおっしゃいました」。(記者「――その8カ月後に、自治大学校長に異例の転出となりました」)(朝日新聞「菅氏と闘った元官僚の激白「抵抗したら干される恐怖」)。
官僚たちが官邸の意向に忠実に従うようになったのは、第2次安倍政権で創設された内閣人事局の影響が大きい。官邸が中央省庁の幹部人事を掌握し、官房長官の菅義偉の辣腕(らつわん)ぶりもあり、官僚たちは「強すぎる官邸」を恐れた。政権終盤は森友・加計学園問題で官僚たちが官邸の意向を推し量る忖度(そんたく)も横行。ある事務次官経験者は「官邸に言いなりの官僚が大量に生まれた」と振り返る」(朝日新聞、2024年12月1日)。
(大学入試センター・山本広基前理事長)2013年6月6日の朝です。新聞を見るなり、何だ、これはと思いました。横見出しでバーンと「センター試験廃止へ」。職員に聞いても、全然知らないと言うんです。(原文改行)《日本経済新聞が同日、安倍政権の「教育再生実行会議」の検討内容を報じた。その4カ月後の同会議の提言を受け、文部科学相の諮問機関・中央教育審議会が14年末に答申を出し、センター試験の後継テストに記述式問題を導入し、英語民間試験を活用することを盛り込んだ。》(原文改行)こんなの、どうやってやるのかと思っていました。中教審の答申を具体化するために文科省の有識者会議が始まったのが翌15年。私も委員に入りました。議論のなかで試験の目玉として前面に出てきたのが、英語民間試験と記述式でした。(原文改行)。マークシートだから1週間くらいで採点できるが、記述式だと短期間ではできない。採点のぶれをどれだけ減らせるか。自己採点ができない問題はどうするか。そんな議論をしているときに、どちらも中止する話が出てきた(朝日新聞「専門家軽んじ、実現性検証せず 英語民間試験・記述式見送り 大学入試センター・山本広基前理事長に聞く」)。
2021年1月に初回が行われる大学入学共通テストの記述式問題を巡り、大学入試センターの委託を受けて採点業務を行う事業者を選ぶ一般競争入札の開札が30日にあり、ベネッセグループ傘下でテスト採点を手がける学力評価研究機構(東京・新宿)が落札した。落札金額は約61億6千万円で、委託期間は24年3月末まで」。(原文改行)1万人程度必要になるとみられる採点者の質と量の確保も難題だ。センターは事業者側が試験などによって質の高い採点者を選び、事前研修をするよう求めている。教員免許の有無や大学生、大学院生といった属性を条件にはしない。高校側からは「学生アルバイトが採点者で大丈夫か」といった声も出ている(日本経済新聞「共通テスト記述式の採点、ベネッセグループが落札)。
延期された大学入学共通テストへの英語の民間試験の導入をめぐり、自民党の下村元文部科学大臣は、事業者と「蜜月関係にある」などと週刊誌で報じられたのに対し、「全くない」と否定し、導入決定の経緯に問題はないと強調しました。(原文改行)下村氏は、高知市で記者団に対し「そのようなことは全くない。『業者のための入学試験』というのは、ためにする議論だ」と否定しました。(原文改行)そして、「党で議論し、文部科学省でも審議会などで議論を積み重ねる中で決まったことだ。6年間勉強しても、まともに英語を話すこともできないのは、いかがなものかということで、『読む、書く、話す、聞く』の4技能すべてをマスターできる英語教育が必要だとなった」と述べ、導入が決まった経緯に問題はないと強調しました(NHK政治マガジン「下村元文科相“事業者と蜜月関係”報道を否定」)
政治家と官僚(行政官)
Cf. 官僚制 民主主義の敵なのか友なのか
官僚制はデモクラシーの敵でもあり、友でもある。いつ涙を流してでも抵抗すべきなのか、いつ「がんばれ」と言うべきか。問われているのは「私たち」の眼力であり、振る舞いである(野口 (2018))。
もっとも、政官の力関係の変化という説明はあまりに雑である。マックス・ウェーバーは、政治家が決定し、責任を負うという「政治主導」を強く主張したが、同時に合理的な行政の理念型を描いて、政治に箍(たが)をはめてもいる。「即物的非人格性」が、彼の『官僚制』のキーワードである。行政の量の増大と質の複雑化のなかで、パーソナルな事情や恣意(しい)性を排して、客観的かつ公正に事務処理することが必要になる。ウェーバーは文書主義についても論じている。「言った」「言わない」という不毛な争いを避けるためには、文書の作成と共有が欠かせない。(原文改行)有力な政治家がパーソナルな事情で形式的な基準をないがしろにすれば、平等に基づくデモクラシーの基盤が掘り崩される。佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問を前にして、官邸前で「官僚がんばれ」との掛け声が飛んだ。ここで求められたのはかつての官僚優位の復活ではないだろう。デモクラシーの条件である中立・公正な行政に対して「がんばれ」と言われたのである。そしてこの一線を守ることは、官僚の「名誉」の問題でもある。彼らが一生懸命に働くのは人事のため(だけ)ではなく、中立・公正な行政に「使命」を感じているからではないのか(原文改行)。もちろん、「中立・公正」は政治学的に最も注意が必要な用語の一つである。この言葉を隠れみのにして、責任逃れと利権保持がなされてきた(野口 (2018))。
(香川俊介元財務次官)予算編成を切り回す「最強官庁」の本流を歩んでいた官僚なのに、論文の基調を成すのは意外にもこんな「政治主導」論だ。「国民に対し、責任を負えるのは、選挙という民主的手続きを経た政治家のみであり、政治家が政策決定できる仕組みにする必要がある」「政治家が信頼できないのであれば、信頼できる人が政治家になるような仕組みにする」と繰り返し説いた (清水 (2015))
内閣と与党の二重構造では、与党議員が検討中の政策の説明を求めて官僚を呼びつけ、逆に官僚も自らに有利に事を運ぼうとして与党実力者への根回しに走るのが当たり前。香川は「官僚の政治的中立性を侵す可能性が高まる」と認める。そこで「英国議院内閣制の最大の知恵」だとして、「他の提言に先駆けてまず1つ実施するならこれ」と強調した第3の提言が「政治家と官僚の接触禁止」である(清水 (2015))。
「政治家と官僚 日英比較研究」。こんな表題の知る人ぞ知る論文がある。8月に世を去った前財務事務次官の香川俊介(享年58)が1997年に著した。当時の出向先だった英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のレターヘッドに、手書きで124枚。政と官にもっと「競争」を導入し、統治システムの質を高めよ、と説く提言の核心部分は、今も重い問いかけとして迫る。(原文改行)「政治家は選挙を控え、利益誘導的な甘い決断しかできないから、官僚こそがしっかりと長期的に国の将来を見据え、厳しい政策決定をしなければならない、という考え方がある。これは従来の日本における一般的な考え方であったが、誤りである。政治家が長期的に国の将来まで考えた政策決定をして、なお選挙に勝てるような仕組みにしなければならない(清水 (2015))。
復帰の背景にあるのは、幹部候補の人材難だ。17年に発覚した天下り斡旋(あっせん)問題に始まり、加計学園の獣医学部新設を巡るゴタゴタ、前述の贈収賄事件と相次ぐ不祥事に見舞われた文科省。義本氏を含めて多くの幹部が傷を負う結果となり、トップを担える人材の層が薄くなってしまった」(週刊エコノミストオンライン)。
中教審教育課程企画特別部会の論点整理資料で、次期学習指導要領に向けた検討の基盤となる考え方を示している。「主体的・対話的で深い学びの実装」は今の指導要領を深めていくということ。次の「多様性の包摂」は、さまざま背景・事情を持った子供たちを、誰一人として取り残さないというマインドだ(内外教育)。