岩井淳『ヨーロッパ近世史』(ちくま新書、2024年)
February 28, 2026
読書が嫌いだというなら、それはまだ自分に合った本に出会っていないだけだ

お願い
わたし自身が高校生だったころのことを考えても、本を読んで感想を言えと迫られて、いったいどれほどのことが言えただろうか。本からなにかを読みとり、それを切り取ってきて言葉にできるかどうかは、ある程度、人生経験の長さに比例している。だから、中高生にとっての読書会はあくまで「お試し」であってかまわない。これから先、さまざまな経験をしたあと、またいつかどこかで読書会に参加してくれればそれでいい(向井 (2022))。
共通テスト「国語」や「公共、倫理」で出題される文章題は、世相や世代にあったテーマを扱う文献から引用されることも多く、じっくり読むと意外に面白い。とはいえ問題を解く立場だと、問題文をのんびり読んでる場合ではないし、内容にちょっと興味を持ったとしても、試験後の忙しさにかまけて忘れてしまう受験生が少なくないのではないだろうか。
京大新聞では例年、その年の共テ問題文の出典から数冊をピックアップし、その書評を掲載している。本面をきっかけに出題文を思い出し、受験後にでも読んでみようか、と思ってもらえれば幸いだ。(編集部)
国語:高岡文章(観光社会学者)「観光は「見る」ことである/ない:観光のまなざし」をめぐって」(『〈みる/みられる〉のメディア論』所収)
国語:蜂飼耳「繭の遊戯」(『極上掌篇小説』所収)
公共、倫理:ミシェル・アンリ(哲学者)『見えないものを見るカンディンスキー論』
Cf. 東進ハイスクール 解答・解説
Cf. 京都大学新聞「解かずに読む共通テスト書評2024」
大隅良典「細胞の謎を解く:科学「役立つ」だけで測れず」 (『読売新聞』2019年7月23日)
でもこれまでわからなかったことを知る喜び、知的好奇心こそが科学の原動力で す。……役に立つという言葉が独り歩きして、役に立つとは何かを考えず、2、3年で何か応用できて製品になる、というイメージが若者の間にも広がっているように思えます。
注目が集まる領域だけでなく、誰もがまだほとんど関心を示さないことに挑戦するのも、科学の進歩のためには必要です。それには色々なことに挑戦できるような広い裾野が何よりも大切なのです。
情報×方法×問題意識あるいは知的好奇心
紹介文は大学のウェブサイト(セミナー案内など)で紹介いたします
あなたはナチスが良いことをしたと思えるだろうか。
本書は、ナチスが行った政策に着目し、「ナチスは良いことをしたのか」という問いを歴史的事実に基づいて検証する著作である。近年、X (旧Twitter)などで、ナチスの経済政策の成果を強調する動きがあるが、本書の分析によれば、その経済政策は戦争への準備、独裁体制の確立と密接な関係にあった。本書は、このような分析を通して浮びあがった、良い面、悪い面を冷静に見つめて、その歴史から何を学ぶかを問うものである。
本書のスタイルは、まず、一部の論者がおこなっている、ナチスの政策を肯定的に評価する意見を紹介したうえで、歴史的事実にもとづいて、ナチスの暴力性や人権侵害などの実態を次々に暴いていく、というものである。このような前半(著者は<意見>という)と後半(著者は<解釈>と呼ぶ)のギャップを感じられる部分がとても痛快だ。
本書はナチスの事例を通して物事を多角的にとらえる重要性を説く。「斬新」な主張に魅力を感じる人は「斬新」という一面的な評価だけで、その中味を問わない。著者たちは、ナチスだけでなく、そのような「「中二病」的な反抗」自体に批判の目を向けるのである。断片的なく事実>からく意見>へと飛躍するのではなく、本質を見誤らないように、過去の研究から謙虚に学ぶ姿勢を大切にしたい(554文字)。
ヨーロッパ史において「近世」とはいかなる時代か。宗教改革からフランス革命にかけてのこの時期は、ときに「近代」の準備段階とみなされ、ときに「長い中世」の一部とされてきた。だが近年、複合国家論などが提唱されるなかで、中世とも近代とも異なる独自の時代として近世を位置づける動きが広がっている。では、その独自性とは何か。近世を多様な地域が複雑に絡み合う歴史的空間と捉え、人やモノのグローバルな移動に注目することで、これまで教科書などでは十分に語られてこなかったその複雑なうねりをダイナミックに描き出す(出版社の案内)。

そこで私たちは,「思考力型」の学習をおこなってきた受験生が瑣末な知識の暗記に振り回されることなく,高校3年間の授業の中で学んだ経験をもとに,大学入試に臨むことのできる環境が整備されることを期待します。具体的には,知識を問う出題をおこなう場合,できるだけ多くの日本史探究や世界史探究の教科書本文に書かれている用語や人名に限定することが目安となるでしょう。そして日本史探究と世界史探究は,旧課程である日本史Bや世界史Bと比べて標準単位数が4単位から3単位に減らされているため,知識の精選が求められていることに特段の配慮をお願いしたいと思います。
また,歴史総合に関しては,単純な知識問題ではなく,できるだけ史資料などからの読み解きや,「概念」に関する問いなど,まさしく「思考力型」の出題を中心としたものになることを期待します。受験生にとって大学入試問題は,大学入学への関門であると同時に,大学における知的な探究活動を垣間見ることのできる貴重な機会でもあります。その際に私たちは,最も多くの学生を抱える私立大学の入試問題がさらに「思考力型」へシフトすることで,高等学校における学習から大学での学びへと受験生がスムーズに移行できると考えます。


かつて事実は自ら語ると申しましたが、これは、もちろん偽りです。事実が語るのは、歴史家が声をかけたときのみです。どんな事実に発言権を与えるのか、どんな順序で、どんな文脈で発言させるのかを決めるのは歴史家です(カー and 近藤 (2022))。
第一に、歴史的事実は「純粋なまま」でわたしたちのところにはやって来ない。なぜなら歴史的事実は純粋な形態では存在しないし、存在しえないからです。歴史的事実はつねに記録者の頭を通過して屈折しています。そこから導かれるのですが、歴史書を手にして最初の関心を向けるべきは、その書物のなかの事実よりも、その書物を著した歴史家その人なのです(カー and 近藤 (2022))。
そもそも私は、幼少の頃から交通の媒介となる「道」についてたいへん興味があった。ことに、外に出たくともままならない私の立場では、たとえ赤坂御用地の中を歩くにしても、道を通ることにより、今までまったく知らない世界に旅立つことができたわけである。私にとって、道はいわば未知の世界と自分とを結びつける貴重な役割を担っていたといえよう(徳仁親王 (2023))。
私は、留学中に集めた資料をもとに、十八世紀当時のテムズ川水運の実態を、河川改修、航行に携わった人々、当時テムズを行き来した二大物資である石炭とモルトなどの農産物を中心に分析してみた。……河川はいたるところで漁民の仕掛けた築や製粉業者が水車用の水を確保するために設けた堰などにより分断されており、これら人々と築や堰の上を自己の持ち船を通そうとする輸送業者の間では絶え間ない抗争が繰り広げられていた。テムズ川もその例外ではない(徳仁親王 (2023))。
全員で一つの紹介文を作成します(一人ずつ紹介文案を作るのではありません)
まとめ方の注意点
〔冒頭の段落〕ゴミは美しくない。しかし、これらは美しい。だから、これらはゴミではない。でもやっぱり、これはゴミに違いない。ゴミたちの写真集。最後のページを見たとき、一瞬なんだか分からなかった。なのに強く迫ってくる。あ、新幹線0系の団子鼻だ。一九六四年にデビュー、夢の超特急と呼ばれた。廃車になり、放棄され、片付けられてしまう前にこの写真は撮られた。白黒で写された顔は一面こまかいひびで覆われ、老醜を晒(さら)していると言うべきなのかもしれない。しかし、美しいのだ。ゴミなのに(リンク)。
例:行政学者の水口は、「何でも説明できるものは何も説明していないのと同じことである」と述べ、森の定義の曖昧さを批判する。
重要
アンケートURLは、参加証を添付するためのメールにも記載します